業務の属人化を解消する方法として、手順書やマニュアルの整備、業務の標準化、情報共有の仕組みづくりが広く知られています。受発注や経理のように手順が決まっている業務であれば、これらによって多くの部分を個人から切り離すことができます。ところが営業では、手順書を整えても「あの担当者でなければ受注できない」状態が残りがちです。
経営者や営業マネジャーの方々から最も多く伺うのも、この悩みです。同じ商品、同じ市場を担当していながら担当者によって受注件数に数倍の開きがあり、成績上位者が異動すると業績が低下する。マニュアルを整備し、同行指導を重ね、SFAで活動量を管理してきたものの、成績上位者の顔ぶれはほとんど変わらないという声も数多く伺います。
営業の属人化がもたらすリスクは、担当者が抜けたときに表れます。厚生労働省の雇用動向調査によれば、令和7年の一般労働者の離職率は11.4%でした。全産業の平均で営業職に限った数字ではないものの、おおむね9人に1人が1年のうちに職場を離れている計算になります。成績上位者が抜ければ、その担当者が見極めていた案件の受注と、売上見込みの精度が同時に失われます。
当社は「属人化から脱却し、営業を科学的に変革する」ことを掲げております。ここでいう科学的とは、案件が受注に至るかどうかを見極める判断を分解し、組織の共通言語とすることです。本稿では、営業の属人化が手順書だけでは解消しない理由を、案件の実現度と決定率の観点から整理し、その解消の進め方を述べます。
受注は、案件数・実現度・決定率の掛け合わせで決まる
当社が法人300社を対象に実施した調査では、売れる営業担当者と売れない営業担当者の成績の差が、2006年の平均8倍から2008年には約14倍に広がっていました。格差が広がるほど売上は一部の担当者に集中し、その担当者が抜けた際の影響も大きくなります。
受注件数は、次の三つの要素の掛け合わせで決まります。
受注件数 = 案件数 × 実現度 × 決定率
| 案件数 | 商談の対象となる案件が、どれだけあるか |
|---|---|
| 実現度 | その案件で、顧客が実際に投資を行うか |
| 決定率 | 投資が行われる場合に、自社が選ばれるか |
たとえば見積もりを提出した案件が10件あり、そのうち顧客が投資を実行するのが6件、さらにその半数で自社が選ばれれば、受注は3件となります。案件を増やしても、投資が見送られるか、競合に敗れれば、受注には結びつきません。
属人化による差は、この三つのいずれにも表れます。新たな案件を生み出せる担当者が限られている組織もあれば、案件は十分にありながら、受注に結びつけられる担当者が限られている組織もあります。どの要素に課題があるかは企業によって異なり、当社はまずその所在を見極めたうえで、打ち手を定めております。
本稿では、このうち実現度と決定率を扱います。この二つの差は、見過ごされやすい損失を伴うためです。同規模の顧客を担当し、同程度の商談数を抱えながら、担当者によって受注件数や受注単価に大きな開きが生じます。加えて、担当者ごとに受注確度の見立てが異なるため、営業会議で積み上げた売上見込みが実績と乖離します。属人化の損失は担当者の退職時に限らず、日々の受注と売上見込みの精度としても表れています。
活動量の管理で増えるのは、案件数である
属人化への対策として広く用いられているのが、活動量の数値化です。訪問件数、アポイント件数、案件化率などの指標を日次で記録し、目標との差異を管理する方法です。活動量そのものが不足している組織では、この方法によって案件数は着実に増加します。案件数を増やすうえでは有効な方法です。
ただし、数値管理によって揃うのは活動の量までです。訪問件数と商談数を揃えても、実現度と決定率には差が残ります。その差を生んでいるのは、商談の場で何を確認し、案件をどう見極めたかという判断です。活動の記録をいかに精緻にしても、この判断は記録に残りません。
当社が「科学的に」と申し上げるのは、活動量を揃えた後に残るこの判断の差を分解し、組織として再現できる形に整えることです。
顧客からの信頼は資産であり、属人化とは区別する
「属人化には利点もある」という意見があります。顧客は担当者を信頼して取引しており、無理に標準化すれば関係が損なわれる、という考え方です。
この点は、二つのものを分けて考えると整理できます。一つは、担当者が長年にわたり築いてきた顧客との関係と信頼です。これは企業にとって資産であり、手放す理由はありません。もう一つは、その担当者でなければ業務が成り立たない状態です。当社が属人化と呼び、解消すべきと考えているのは後者に限られます。
信頼が個人の中にとどまっている限り、担当者の異動や退職と同時に、企業はその資産を失います。顧客との関係は維持したまま、「その担当者でなければならない」部分を縮小していくことが、属人化の解消であると当社は考えております。
トップセールスの判断は、言語化されていない
当社がトップセールス1000人を対象に実施した調査では、転職経験者のうち53.8%が、前職ではトップの成績ではありませんでした。また、入社から1年以内に単月でトップの成績を収めた人は65.9%に上り、多くは早い時期に成績が伸びています。営業成績は先天的な資質だけで決まるものではなく、環境と、ある時点で身につけた考え方に大きく左右されることがうかがえます。
そうであれば、トップセールスが身につけたものは、他の担当者にも移転できるはずです。しかし、本人に受注の理由を尋ねると、「先回りして動いている」「継続してアプローチしている」「価値を提案している」といった回答が中心になります。
商談の中で瞬時に下している判断は、本人にとって当然のことになっており、言語化する機会がありません。心構えとして語られた内容だけでは、聞き手が同じ局面で再現することは困難です。
案件の精度は、実現度と決定率の二つの軸で測る
多くの営業組織では、案件の見込みを「受注確度」という一つの数値で管理しています。しかしこの数値には、先に述べた実現度と決定率という、性質の異なる二つの見立てが混在しています。実現度が高くても競合に敗れれば受注には至らず、自社が選ばれる見込みが高くても、投資そのものが見送られれば売上は生まれません。
当社がこれまでに支援してきた営業組織で成績上位者の商談を分析すると、成績上位者は両者を明確に区別し、それぞれについて主に次の事項を確認しています。
実現度の確認事項(顧客は投資を実行するか)
| 本質課題の把握 | 顧客が表明している要望の背後にある、経営課題・事業課題まで把握できているか |
|---|---|
| 導入した場合の価値 | 導入による効果を、収益への貢献など意思決定権者が評価できる形で示せているか |
| 導入しない場合のリスク | 現状を維持した場合の損失や、維持費用の増大などの負担を、顧客自身が認識しているか |
| 予算化の状況 | 当該案件が予算化されているか。提示する金額が顧客の予算に適合しているか |
| 導入の時期 | 決算期、投資計画、既存契約の更新時期など、導入の時期を左右する事情と合致しているか |
| 経営方針との整合 | 顧客の中長期の事業戦略や投資方針に沿った投資であるか |
| 意思決定権者の意思 | 意思決定権者自身に、投資を実行する意思があるか |
決定率の確認事項(その投資で自社が選ばれるか)
| キーマンとの関係 | キーマンとの接触頻度が十分であり、最初に相談される関係(マインドシェア)を築けているか |
|---|---|
| 多面的な接点 | 窓口担当者に限らず、経営者、他の役員、実際の利用部門など、複数の層と接点を持てているか |
| 見積もり依頼の経緯 | 中長期の投資計画や納期・仕様を協議したうえで見積もりを依頼されているか。比較のためだけの依頼ではないか |
| 優位性の確立 | 本質課題を踏まえ、価格・機能・仕様のいずれの点で競合と差別化できているかを把握しているか |
| 競合の状況 | 競合他社の提案状況と既存の取引先を把握し、比較された場合の自社の優位点と劣位点を認識しているか |
| 第三者の評価 | 実績、利用部門からの評価、取引先や同業者からの推薦など、自社を後押しする評価があるか |
| 判断基準の把握 | 意思決定権者が何を基準に発注先を選ぶのか、決裁までにどのような手続きを経るかを把握できているか |
成績が伸び悩む担当者は、二つを区別せず、窓口担当者の感触をもとに確度を判断する傾向があります。これに対して成績上位者は、未確認の事項があれば確度を引き上げず、その事項を次回商談の目的に据えて案件を進めます。
窓口担当者の感触だけでは確度を測りにくいことは、買い手側の調査にも表れています。HubSpot Japanが2026年7月に公表した調査では、BtoBの購買において、情報収集から決裁までに社内の5人以上が関与したケースが46.9%、二つ以上の提供会社や商品を比較・検討したケースが80.3%でした。窓口担当者が前向きであっても、その背後にいる関係者と競合の状況を確認しなければ、決定率は見立てられません。
成績上位者は、講じる手立ても区別しています。実現度が低い案件では予算化や導入時期の確認に、決定率が低い案件ではキーマンとの関係づくりや優位性の確立に、時間を振り向けます。当社の支援においても、この確認事項を組織で共有し、案件レビューの基準とすることを、実現度と決定率を高める取り組みの起点としております。
これらを確認するために成績上位者が実践しているのが、当社が「仮説ヒアリング」と呼ぶ手法です。訪問前に公開情報や業界の動向から顧客の課題について仮説を立て、商談の場で事実を確認しながら検証するものです。仮説を持たずに臨む商談は顧客の発言を受け止めるだけに終わり、本質課題や判断基準には踏み込めません。
買い手の側も、こうした踏み込みを営業担当者に求めています。HubSpot Japanが2026年2月に公表した別の調査では、買い手の81.2%が営業担当者だからこそ提供できる価値に期待しており、その内容として「個別事情を汲んだ提案」「潜在ニーズの引き出し」が上位に挙がっています。
勝敗を分ける局面を特定し、型として残す
多くの営業マニュアルに記載されているのは、何を説明し、どの資料を提示し、どの順序で進めるかという商談の手順です。手順を実行すべき条件が記されていないため、局面が変わると活用できなくなります。「マニュアルどおりに進めたが受注に至らない」という声が出るのは、そのためです。
型として残したいのは局面ごとの判断であり、すべての商談を記述する必要はありません。受注の成否を分ける局面は、どの企業でも限られています。初回訪問で予算がないと告げられたとき、競合の見積もりが先行しているとき、窓口担当者は前向きでも意思決定権者が見えないときなどです。
こうした局面を特定し、成績上位者とそれ以外の担当者がそれぞれ何を確認し、どう判断したかを比較して記述するほうが、網羅的なマニュアルよりも現場で活用されます。
SFAには、実現度と決定率を分けて記録する
SFAには、訪問日、受注予定額、受注確度といった項目が並んでいます。いずれも判断の結果を記録する項目です。担当者が受注確度を70%に引き上げたとき、何を根拠にそう判断したのかは記録されません。しかも受注確度は一つの数値で入力されるため、顧客が投資を見送る懸念なのか、競合に敗れる懸念なのかが区別されません。
受注確度を実現度と決定率に分け、それぞれ先の確認事項の充足状況を併記すると、営業会議で交わされる問いが変わります。「予算化の見通しが立たない案件を、実現度が高いと見込んでよいか」「キーマンとの接点がない案件で、決定率を高く見積もってよいか」といった確認が行われるようになり、案件レビューは担当者の感触の報告から、根拠の検証へと移ります。
見積もり提出後の案件ほど、この区別が売上見込みの精度を左右します。SFA/CRMの設計については、別の論考で論じております。
判断を組織の型に移すのは、営業マネジャーの役割
後進の指導をトップセールスに任せるだけでは、型は形成されにくいものです。本人には自身の判断が見えにくいためです。どの局面を取り上げ、誰と誰を比較し、記述した内容を案件レビューや商談準備にどう組み込むかを設計するのは、営業マネジャーの役割です。
厚生労働省の令和6年度能力開発基本調査では、事業所の79.9%が、能力開発や人材育成に何らかの問題があると回答しています。その内訳は「指導する人材が不足している」が59.5%で最も多く、「人材を育成しても辞めてしまう」が54.7%で続きます。指導できる人が足りず、育てた人も離れていく状況では、判断を個人の中に置いたままにせず、記述して共有できる形にしておくことが、育成の負担を軽くします。
当社の研修では、受講者が実在の顧客を一社選定し、研修で得た内容を実際の商談で実践したうえで、その結果を次回の研修で検証します。型が機能するかどうかは、現実の顧客との商談によってしか確かめられないためです。キーマンとの面談、提案、見積もりの提出、受注に至る各段階の歩留まりを研修の前後で比較するため、どの段階で改善が生じたのかを把握することができます。
担当者の異動や退職、経営者の交代など、人が抜ける局面が迫っている場合には、同じ考え方をより短期間で進める必要があります。その進め方は「後継者が決まっても、営業は引き継がれない」で整理しております。
営業を科学的に変革する取り組みの中心は、成績上位者の判断を他の担当者が再現できる形で記述し、実際の商談で検証することにあります。個人の中にとどまっていた見極めの基準が組織の型となれば、案件の実現度と決定率の判断は担当者の力量に左右されにくくなり、売上見込みの精度も高まります。成績上位者自身も、より難度の高い顧客に時間を振り向けられるようになります。
出典
- 株式会社カーナープロダクト「トップセールス1000人調査」(2008年3月実施、トップセールスリンク会員1000人・電話ヒアリング40人)調査研究レポート
- 株式会社カーナープロダクト「法人300社調査」(2009年3月実施)調査研究レポート
- 厚生労働省「令和6年度 能力開発基本調査」(事業所調査)2025年6月27日公表 公表資料
- 厚生労働省「令和7年 雇用動向調査結果の概況」2026年8月公表 ※5人以上の常用労働者を雇用する事業所が対象。離職率は全産業・一般労働者の値 公表資料
- HubSpot Japan株式会社「日本のBtoB購買に関する意識・実態調査2026」2026年7月16日公表 ※調査期間:2026年6月11日〜16日/対象:直近12か月以内にBtoB商材の購買に関与した、従業員50名以上の企業に勤務する方/有効回答:1,573名 公表資料
- HubSpot Japan株式会社「日本の営業に関する意識・実態調査2026」2026年2月27日公表 ※調査期間:2025年10月30日〜31日/買い手515名、売り手1,545名(実施:株式会社マクロミル) 公表資料
自社の営業組織のどこに「その担当者でなければならない」部分があるのかは、外部からは見えにくいものです。当社では、営業担当者カルテにより一人ひとりの営業力を測定し、それを集約して企業としての営業力を分析いたします。研修を前提としない、営業力分析のみのご相談も承ります。
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